Oyajisculler's blog

(おやじスカラー戸田便り)

1. H27年度の総括

H27年度の対校選手は、H25、H26年度に育成コーチとしてジュニア時代を指導した選手団であり、全員が私の教え子という意味で、その特性は最初から頭に入っていた。また、コミュニケーション面でも全く支障無かった。
1)冬場フォアトレ
10月中旬からスタートした冬場は、付きフォア3杯+補漕4名とスカル専門1名(K下)という形となった。スタート直後はスイープ漕手16名で付きフォア4艇を編成し、並漕形式の乗艇練習を行っていた。(コックス1名の不足は学生コーチ:T橋にお願いした)
半月ほど経た後に、3,4名が怪我気味でリハビリしたいと申し出て来たので、付きフォア3艇体制とした。冬場はシーズン入り前に漕技の改善や体力向上を期する時期であり、冬場に怪我で練習を休むことは全く勿体ないことである。
付きフォア3艇は、並べた際に拮抗させることを狙い、実力がほぼ同等となる様に工夫した。11月末にHead of the ARA、12月中旬に久保杯6kmTTに出漕し、その時々の力を試した。これまでの間にサイドの漕力バランスを均等化させるため、H田のS-sideへ、逆にK川のB-sideへの転サイドなどを行った。
12月中旬までにはスイープ漕手の評価順位付けが概ね固まってきたこともあり、主に乗艇強度のアップを狙い、評価順位の拮抗した選手を競い合わせる形でシートレースを荒川で行った。12月中旬に行った最初のシートレース(2.4km x 5)では、通常通り2杯で行ったが、12月下旬の第二回シートレースではフォア3艇の並漕で行い、一度のシートレースで大人数を比較・評価が可能である事を確認できた。年明けには、エイトクルーボーダーライン上の漕手を競わせる形でシートレースを行い、概ね初期に予想したエイトクルーとなる事を確認した。ただ、一つだけ予想していなかったのが、冬場フォアトレ開始時に最下位グループに位置していたO内が、4年になってエルゴ10秒改善など大躍進し、シートレースも勝ち抜いて、東商戦エイトのシートを勝ち取ったこと。コックスに関しても、漕手によるコックス評点評価をベースにエイト(O久)と付きフォア(T口)のコックスを選考した。落選したT畑はその後、女子付きクォードのコックスとなった。T畑はその後の努力により、6月の東日本選手権に向けたコックス評価時には大躍進してトップ評価を勝ち取った。
ここまで対校チームの育成は順調だったが、私の勤務先である三菱重工船海事業部の長崎造船所で、超大型客船の建造が大幅に遅れて大きな損失を出していた。この客船工事は三菱重工全社で支援する体制となっており、本社で船海事業部の管理業務を担当していた私にも長崎長期出張の命が下り、2月中旬より長崎へ長期出張することとなった。何とか毎週出張などで帰京し、週末コーチングだけは継続することは出来たが、週一回の平日早朝の乗艇コーチングが出来なくなったことは痛手だった。
2)レース準備期と東商戦まで
こうしたトレーニングプロセスを経て、2月下旬には対校エイトを暫定編成した。この時点でのエルゴ75kg換算クルー平均は6’38”7、2400m x 5の平均艇速から求めた効率は104%で、夏場水温27℃換算の2000m推定タイムは、5’58”を出す事が出来ていた。実際、3月に行った荒川での、東経大、立教大、東北大との並漕では全勝する事ができた。唯一、対戦して同等の結果となったのが、仙台大との並べ。3月末のお花見レガッタでも予選と順位決定で対戦し、1勝1敗だった。お花見では惜しくもA決勝進出を逃したが、B決勝では、春先のタイムとしては東大史上最速のタイム2’53”を出すことが出来た。
4月に入ると、大学の講義と新人勧誘が始まり、3月の様なボート漬けの合宿トレーニングとはならなかった。しかし、東商戦に向けた2000mTTや主要な艇速確認メニューでは、効率105%〜110%を発揮し、東商戦では5’50”〜5’55”は十分に発揮できる力を確認した。実際、東商戦にむけて荒川で実施した2000mTT(SpeedCoach計測)では、5’55”を記録できた。(風は強めの順風)
この様に、自信を持って臨んだ東商戦だが、結果は、男子シングルスカルのみ優勝(7’42”の東商戦史上最速タイム)し、他は全て敗北となった。尚、負けはしたものの、東大対校エイトのタイムは、6’00”で、東大としての東商戦最高タイムだった。
3)軽量級と東日本選手権
東商戦の2週間後に全日本軽量級選手権があり、東商戦エイトから減量困難な漕手3名を外し、代わりに軽量漕手を入れて、急遽、軽量級エイトを編成して出漕した。短期間の取組であり、またメインエンジンである3名が抜けたこともあり、東商戦エイトで発揮できたような水中出力がだせず、結果として敗復落ちとなった。このクルーの予選タイムは6’15”で、漕技・出力効率は90%だった。
軽量級後は短いオフを挟んだ後、付きフォアの均等3クルーを編成して、2週間の並漕による漕ぎこみと、シートレースを行った。6月末の東日本選手権(今年度は2000mで実施)は、エイトで出るか、フォア3杯で出るか選手と協議した結果、フォア3杯で出て表彰台独占を狙うこととした。前述の2週間の選考の結果、東日本にはAクルー(C田畑、S菱田、3坂井、2林、B三浦)、Bクルー(C田口、S豊間根、3松垣、2安藤、B大内)、Cクルー(C大久、S岩崎、3中山、2竹村、B黒川)の3杯を編成して2週間の並漕練習を経て出漕した。練習の並べでは期待通りAクルーが他を圧倒したが、Bクルーは、Cクルーと同等の艇速しか出せず、効率が上がらなかった。東日本の予選は微風の順風が吹く好コンディションで、多くのクルーがベストタイムを出すことが出来た。東大の付きフォア3クルーの予選平均タイムは6’43”、効率96%で、概ね期待通りの結果を出せた。Cクルーは予選の組み合わせに恵まれ、1位上がり、AとBは敗復から準決勝へ進んだ。準決勝では東大3クルーが同じ組み合わせになった。上位3クルーが決勝進出だったが、一位:日大、二位:東大A,三位:東大C、四位:東大Bとなり、本来格上であるBクルーがCクルーに敗北する形となった。決勝は強い東南東の逆風が吹く荒れたコンディション。明らかに風下側の1,2,3レーンが不利、風上側の4,5,6レーンは有利という状況。結果は5レーンの日大がスタートから飛び出し優勝。6レーンのCクルーが2Qから2位をキープし準優勝。2レーンのAクルーは不利なレーンで出遅れたが、ラストQで3位を行く日体大を差しきり3着となった。当初目標とした表彰台独占には至らなかったが、表彰台に東大2クルーが上がり、6月のフォアトレを良いイメージで締め括る事ができた。
4)インカレ
その後、京大戦ジュニアエイトから漕手の2名を入れて、インカレクルー編成の選考目的のシートレースを実施した。この結果、エイトは東商戦クルーから2名が入れ替わった。(A藤・O内に代わり、I崎・N山が入った)この結果、インカレエイトのエルゴ平均スコアは、75kg換算で6’34”7と東商戦エイトより3秒改善した。(年度初めに立てたインカレ時6’28”に対しては6秒未達だった) クルー編成直後の1000m x 2では一発目に2’53”の好タイムを出し、幸先が良かった。しかし、その直後にS井が風をこじらせて1週間以上離脱。戻ってからもクルー編成初期よりパフォーマンスが劣化するなど苦しい状況になった。その後、バランス安定性や直進性改善を狙い、リガー配置を変則のGerman riggingを採用。またリズムが漕技・出力効率が低迷しているので、整調をM浦からT間根に交代させるなどして何とか最低限のパフォーマンスの維持を図った。しかしながら東商戦エイトで当たり前のように発揮できていた100%以上の効率が全く出せない状態だった。問題は2Q・3Qの中盤で高速巡航(1’30”/500m)をキープする事ができず、ATレベル(1’35”〜1’37”/500m)まで落ちてしまう事。中盤で高速巡航できないのは、やはり並漕ができず、高強度トレーニングが出来ていない事が原因と考えられた。そこで乗艇強度アップを狙い、他大エイトに並漕練習を申し込んだが、春先と異なり、なかなか応じて頂けず実現出来なかった。この様な中、8月上旬に、中大が並べに応じてくれた。荒川で2000m x 3の並べを行ったところ、効率的は90%と全く良くなかったのだが、3発全て勝つ事が出来、一縷の望みをインカレに繋いだ。
この様にして向かえたインカレ本番。予選は優勝候補の日大、そして国立大ライバルである東北と同じ組となった。1Qでは日大に食らい突いたが、2Qでは艇速が落ちて東北に抜かれた。3Qでも離されたが、4Qではラストスパートして少しだけ差を挽回した。結果は6’04”、効率96%。残念ではあるが練習通りの結果だった。インカレエイトは敗復まわり4番目のタイムで、この所因縁のライバル関係となっている日体大と対戦した。戦術は1Qでリードを奪い、中盤その差を維持し逃げ切ること。レースは狙い通りの展開で最後は日体大に水を空けて勝ち、準決勝に駒を進める事が出来た。結果として今年のインカレエイトのハイライトは、この敗復一着上がりのレースとなった。準決勝では、日大、仙台、東大、東経という組み合わせ。春先に同等の対戦成績でライバル関係だった仙台に勝てば決勝に駒を進める事ができる組み合せで、何とか勝ちきろうと臨んだが、やはり2Qに入って大きくタイム落ち。東経大には勝ったが、3着となり順位決定戦廻りとなった。
翌日の順位決定戦では慶応、東北、東大、東経の組み合せ。国立ライバルの東北に勝とうと望んだが、中盤でのタイム落ちは打開できず、慶応、東北に敗れて3着となり、全体7位で今年のインカレを終えた。その他の種目は、シングルスカル:K下が予選で全体4位の好タイム(7’35”)を出して準決勝に進んだが、スタートダッシュについて行けず敗退。付きフォアは順当に勝ち上がると思われた敗復で、スタートダッシュに出遅れて後半挽回できず、まさかの敗復落ち。付きペアは、予選・敗復・順位決定とレースを重ねる度にパフォーマンスが上がり、順位決定戦では、このクルーのベストタイムである7’45”を出し、3着、全体順位7位となった。クォードは力不足で敗復落ちだった。尚、4年生と学生コーチの乗ったオッ盾エイトが、敗復を1位でゴールし準決勝に駒を進めた事は少し明るい材料だった。
5)全日本選手権
今年度を締め括る全日本。エイトはインカレのAファイナルでメダルを取れば全日本に出漕する計画を立てていたが、前述の通り、7位に留まったので解体して小艇でのメダル狙いとした。この結果、全日本では付きペアと付きフォアを2枚看板とし、この2種目での優勝を目標とした。この他は、1X:K下、4、2-、2Xが出漕した。尚、無しフォアは当初入っていた漕手が帯状疱疹を発症し、1名入れ替え、また、1名はレース1週間前に農業実習があり代漕など紆余曲折があった。全日本まではインカレ後、3週間弱と準備期間が短かったが、同等の艇速が出る異種目クルーの部内の並漕練習を行い、練習強度並びに艇速向上を狙った。並漕の組み合せは、2+と1X、4+と4-、2-と2Xという形。エルゴスコアと目標乗艇効率の計算で目標艇速を設定し、拮抗した並べになると期待した。2+と1Xは期待通り拮抗して良い練習が出来たが、4+は狙った効率が達成出来ず、良い効率を出した4-に連戦連敗となった。2-も全く効率が上がらず2Xに連戦連敗だった。短い期間ではあったが、2+と4+は他大との並べを行い、2+はインカレでメダルを獲得した慶応と一橋を破る事ができた。4+も東海大に勝つ事ができた。この様に準備して臨んだ全日本、予選前夜は関東・東北豪雨の影響で増水した笹目川から戸田コースに流れ込み、水位が異常上昇して発艇設備が破損してしまった。この為、予選が1500mで行われるという変則運営となった。4+は強豪クルー不在の組み合わせに恵まれ、一橋を抑えれば準決勝進出と目論んだ。しかし無印だった大阪市立が非常に速く、また、東大が中盤で漕ぎが空回りとなり、大阪市立に負けて敗復廻りとなった。(大阪市立は決勝で2位となった)敗復では東北大と対戦。1Qでは東大が出たが、またもや中盤で漕ぎが空回り。1000mで抜かれ、4Qで追い上げるも差すことが出来ず敗復落ちとなった。2+は優勝を期待した。しかし予選は2Qで横に並ぶ京大を意識し過ぎたため、漕ぎが空回りとなり中盤で失速。1000m付近で明治に抜かれて敗復廻りとなった。敗復は慶応との対戦。慶応に勝って一位となれば決勝に駒を進める事ができる。敗復レース前夜にクルーとコーチで打合せ、レース展開を予想。立命が一発勝負で前半飛ばして来るが勝負はレース後半の慶応との一騎打ちとなる。予選での失敗を反省し、レース前半は他クルーとの艇差は一切無視して、自クルーの漕ぎ・リズム造りに集中し、1000m以降勝負すること。また、もし立命に出られる展開となっても立命は無視して慶応だけと勝負しようと申し合わせた。レースは前夜の予測どおりの展開となった。少し予想と異なったのは、1000mで慶応に並ばれ3Qでリードされたこと。どうも慶応は1位を行く立命にターゲットを絞り3Qで勝負を掛けた模様。中盤に弱い東大は1300m辺りで一時は1艇身差を付けられたが、早めにレートを上げ、追い上げた。立命を抜く際に力を使った慶応は逃げのキレが鈍り、大きく開いていた差が残り少しずつ詰まる展開。ラスト250mでは、何とかゴール前に差しきる事が出来ると予想し、応援に力が入った。結果は期待した通り、1950mで横に並び、ラスト50mで僅かに差して0.2秒差(80cm)で一着ゴールし、決勝に駒を進めた。教え子の東大クルーが劇的な勝利をするシーンが幾つか鮮明に脳裏に焼きついているが、このレースもその一つとして私の脳裏に焼きついた。さて、決勝だが、戦術は敗復と同じで前半1000mは自クルーに集中し、後半1000mで勝負すること。実際のレースは序盤で早稲田が飛び出し、残り3クルーでこれを追う展開。但し、東大が少しだけ他のクルーに置いてゆかれた。1000mでの1位早稲田と4位東大の差は4秒。接戦である。小艇レースであり、まだまだ射程圏内。しかし、ここで審判艇が2レーンを走る東大の隣の3レーンで早稲田を追いかけ東大を抜くという位置取りをした。この位置関係が1000m過ぎから1700m付近まで続いた。このため2レーンの東大から5レーンを行く日大が審判艇に遮断されて全く見えなくなった。(レース後に文書で本件を抗議した結果、後日、審判長からお詫びのメールが届いた。)さて、レースの方は視界が開けた4Qでスパートし、先を行く明治を追い上げたが届かず、残念ながら4位となった。
6)H27年度の総括
冬場のフォアトレーニングは乗艇パフォーマンス向上を図る事が出来、成功したと考える。一方でエルゴ、即ち、体力増強に関しては上位8名平均で目標とした10秒改善には全く届かず、4秒しか改善出来なかった事は大いに反省すべき。陸トレでコーチングの目が行き届かず、選手が陸トレで追い込みきれなかった事が原因と考える。
また、2月から7月までの間、ヘッドコーチである私が長崎長期出張で平日の乗艇練習を全く見ることが出来なかった事も乗艇パフォーマンス低下に影響したと思われる。
それと、4月以降のシーズンに入りレースに出漕する各々のクルーでの単独練習となり、乗艇トレーニング強度が落ちたこと。これがレース中盤での高速巡航パフォーマンス改善が図れなかった原因と考える。やはり東大クルーが強くなるには部内での並漕練習を、年間を通して実施し、乗艇強度を高く保つ必要がある。この意味で冬場フォアトレと6月のフォアトレは乗艇パフォーマンス向上に効果があった。東大は対校エイトで日本一を勝ち取る事が究極の目標。この意味で部内一丸となって対校エイトを強化する体制作り、即ち、対校エイトの練習パートナーとしての対校第二エイトを組んで徹底的に並漕練習させる必要がある。
また、現状の東大漕艇部を、日本一を争えるレベルまで持ち上げる為には、ヘッドコーチである私自身がフルタイムで、陸トレも含めて総合的にコーチングする必要があると考える。
最後になったが、合宿所の飯作りやモーター出しなど、東大のマネージャー陣は非常に良い仕事をしてくれた。マネージャーのミスで練習が出来なかったという事は一度も無かった。これは本当に素晴らしい事だと思う。また、私と共に対校チームを指導した学生コーチ2名は非常に良くやってくれた。二人とも非常に頭脳明晰で、今後の学業或いは仕事での活躍が期待される。この場を借りて、マネージャーや学生コーチ、そして後方で我々を支えた淡青会、大学関係者、そしてご父兄の方々にお礼を申し上げたい。