Oyajisculler's blog

(おやじスカラー戸田便り)

パラメーター:

本日は、下記のパラメーターを変化させた場合の艇速、効率変化について解説する。

  • F) ハンドルの引き方(ストロークポイントの変化)
  • G) ハンドルを引く力
  • H) ストローク中の漕手の重心移動(ボディースウィングのタイミング)
  • I) フォワード中の漕手の重心加速度(フォワードの出し方)
  • J) ブレードに加わる流体力係数の変化

F) ハンドルの引き方(ストロークポイントの変化)

漕手がハンドルを引く力Fhは、オールの振り角θの関数としてVPPに入力している。このFhについて、

  • 前半重視:キャッチからミドルまでのストローク前半において、Fhが比較的大きくなる様に漕ぐ。
  • 後半重視:ミドルからフィニッシュまでのストローク後半において、Fhが比較的大きくなる様に漕ぐ。

に大別することが出来るので、それぞれの場合について、シミュレーションを行った。下図にVPPに入力したFhカーブを示す。実線が後半重視、破線が前半重視である。
実艇実験では、艇速の遅いGroup Aが後半重視(艇速を遅くキープするために前半を流さざるを得なかったと、おやじは推測する)、相対的に艇速の速いGroup Dは前半重視(艇速を早くするためには、前半から確り押す必要あり)の傾向のデータとなっている。このFhカーブをそれぞれ、後半重視、前半重視のパターンとして、他のグループに適用した。尚、漕ぎ方パターンが変っても、1ストローク中の仕事量がOriginalと変らぬ様に、オールの振り角に対するFhの変化を定めた。
このシミュレーションの結果は下図の通り、艇速の変化は有意な差は見られなかったが、低速域では後半重視の方が僅かに低速・効率共に改善する傾向が見られる。一方、レースペースに近いGroup Dについては、後半重視にすると、僅かに低速が悪化する傾向となっている。
レースペース(2分/500m以上の高速)をキープするためには、前半から確りと押さないと艇速が出ないので、自ずと前半重視の漕ぎにならざるを得ないとおやじは考える。前半重視・後半重視等、漕ぎ方を選べるのは、せいぜいSR25以下の低負荷の領域までと考える。

F)ハンドルの引き方の変化と、G)ハンドルを引く強さを変化させた場合の艇速及び効率変化のシミュレーション結果:

G)ハンドルを引く力:

それぞれのGroupにおいて、レートを固定したまま、ハンドルを引く力をOriginalに対して、−10%から+10%まで5%刻みで変化させて、シミュレーションした。Originalの状態に対して、艇速及び効率の変化を上図に示す。ハンドルを引く力を増加すると、系に対する入力エネルギーが増加するため、当然ながら艇速が増加する。一方、効率の変化を見ると、ハンドルを強く引くと艇速は増加するが、推進効率が悪化する結果となっている。これは、強く漕ぐことでブレードの過重が増加し、スリップが増加することによるオールの推進効率悪化が原因と考える。これらを総合して、ハンドルを引く強さ±10%に対して、艇速の変化は±3%になる結果となっている。(スタートダッシュや、脚蹴り時は多少効率が落ちても艇速増を優先させるために、躊躇せず、強く押す必要があるのは言うまでも無い)
さて、上記の結果を踏まえた、おやじの持論を述べたい。強く漕ぐとブレードのスリップにより推進効率が悪化する訳であるが、これを最小限に止め、効率良く漕ぐ為にどうすればよいのか?これは、同じ仕事量をするのであれば、キャッチからフィニッシュに至るハンドルの引きの強さをできるだけ平準化し、凸凹を無くすことで、ブレードがスリップする原因であるブレードを押す力のピークを平準化することが最も有効とおやじは考える。おやじが良く述べる、オールのベンドカーブが綺麗で面積の大きい一山を描く様に漕ぐというのはこの考えに基いて言っていることである。(ベンドカーブについては、別途詳報する予定。)漕ぎ方以外で、効率悪化を防止する対策としては、本解説の前編で述べた通り、ブレード面積の大きいオールを選択したり、梃子比を重くすればブレードの過重が下がり、スリップを少なくすることが出来る。これはクルーの漕力次第である。

H)ストローク過程の漕手重心移動(キャッチでの上体の使い方):

VPPでは、オールの振り角に対する漕手の重心移動の加速度変化を入力値としている。
先ず、ストローク過程での重心移動の変化に対する艇速・効率の変化をシミュレーションした。具体的には、キャッチ直後のドライブを脚だけを使って漕ぐOriginalのケースに対して、キャッチ後直ぐに上体を起こして、相対的にキャッチ直後の重心移動を少なくした場合をModifiedケースとしてシミュレーションした。この結果を下図に示す。この結果、キャッチから上体のスウィングを早めに使ってストローク前半の重心移動を抑えたModifiedケースの方が、艇速が改善する結果となった。(Group-Dで1.5秒/500mの改善)効率については結果がややバラついているが、艇速の速いGroup-Dについては効率が改善している。
おやじ自身も、大学時代にキャッチから上体を積極的に使って漕いでいたので、この結果に合点が行く。当時考えていたのは:

  • キャッチ時にブレードが確りと水を掴む前に脚だけでドライブすると、蹴り戻しで有効レンジをロスすると同時に、ピッチングやサージングといった艇の走りに悪影響を与える運動が増大し、船体抵抗が増える。
  • これを防止するために、脚がストレッチャーを押すプレッシャーは保ったまま、キャッチ直後にブレードが水を掴むまでの僅かな間は上体のスイングでハンドルを引き、ブレードが確り水を掴んだところで、最もドライブ力のある脚を使って本格的にドライブする。
  • 上体を早めに起こしているので、脚のドライブを先行して使う通常の漕ぎに対して、フィニッシュまで脚でドライブ出来るので、相対的にフィニッシュを強く押すことが可能となる。これにより、前述のベンドカーブで説明した綺麗で面積の大きい一山のベンドカーブを造る事が出来、スムーズに艇を加速することが出来る。
  • キャッチから上体スイングを使ってゆくことで、尻逃げによる腰痛を防止する効果もあった。
  • 体の小さいおやじが、体格の大きい漕手の中で速いハンドルの引きをスムーズに保つためには、脚と腰のドライブを分離して漕ぐより、脚と腰のドライブを連動させた方が、それぞれの間接の角速度や筋肉収縮の速度を相対的にユックリ動かしてもハンドルが安定して速く引ける。
  • これを実現するために、腰や上体の筋肉を鍛錬したのは言うまでも無い。

I)フォワード中の漕手重心移動(FWDの出し方):

次に、フォワード過程で、フィニッシュ直後、直ぐに重心を加速する、即ち、スライドを出すタイミングを早める場合についてシミュレーションした。Originalと今回のModifiedのケースの重心加速度の変化と艇速・効率のシミュレーション結果を下図に示す。低速域においては、Modifiedのケースは艇速・効率が悪化しているが、艇速の速いGroup−Dでは艇速・効率ともにModifiedのケースが改善している。Group-Dでの艇速改善は0.5秒/500mで、僅かではあるが、2分/500m以上の高速域ではこの艇速改善量がさらに増加すると考える。おやじは大学時代に、前述のキャッチ時の上体の振りと併せて、このスライドを出すタイミングを早める漕法を実践して成功している。狙いは、次の通り:

  • SR35以上のレースペースとなると、フォワードの時間は短くなり、ここで如何に休めるかがポイントとなる。
  • フィニッシュで体を止めている時間を長くすると、スライドに使う時間が短くなり、ラッシュフォワードとならざるを得ず、結果として加速・高速フォワードによりFWD中に船体速度が増加し、結果として水中抵抗の増大=全体系の艇速低下を引き起こす。
  • 同様にキャッチ前のFWD速度が速いため、キャッチ時の上体の速度反転、即ち、重心加速度が過大となり、大きなピッチング動作を生じるとともに、忙しいキャッチ動作で、正確なキャッチが出来なくなるという悪循環となる。
  • 上記の悪循環を避けるため、クイックHands Awayに引き続き、出来るだけ速いタイミングでスライドを開始することで、スライドの時間を長くとり、スライドスピード(漕手の重心移動速度)を低めに抑えることで、FWD中の休息を十分とると同時にFWD中の艇速増大を最小限に抑える効果を狙った。
  • また、キャッチ前の上体の急激な速度転換=加速度を避けるために、スライドの終盤1/4位を使ってFWDの速度を減速させて、次の正確なキャッチまでの準備時間を長めにとる事で、正確で強いキャッチを狙った。

J)流体力係数Cnの変化:

最後にストローク中にブレードの流体力係数(ブレードの固定度合い)Cnを変化させるシミュレーションを行った。Cnの変化は、下記の3ケースで実施。:

  1. ストロークの全般に亘りCnを変化させた場合、
  2. ストロークの前半でCnを変化させた場合、
  3. ストロークの後半でCnを変化させた場合、

このシミュレーション結果を下図に示す。この結果より、Cnの向上による効率改善は、ストロークの前半を改善した方が、後半で改善するより効果が高い結果となっている。即ち、ブレード形状の改善でブレード固定を改善(=効率改善)を狙う場合は、キャッチハーフでのCn改善を狙って工夫すべきである。昔、木製オールの時代に筑波大学クルーがブレード先端が大きくせり上がった大きなキャンバー付きのブレードで漕いでいたが、VPPシミュレーションにより、この狙いが正しかったことを、証明していると考える。

VPP論文の解説はこれにて完了する。
VPP論文は、ボートの効率改善に関して、非常に良い勉強の材料となった。
木下教授以下の木下研究室の皆様の研究に感謝。

以上